海辺の街の住人が魚に詳しいとは限らない

頭の中にあるありとあらゆることを残したい

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できれば音楽のある生活をしたい

もっとも古い記憶で、このミュージシャンのファンだと言う話をしたのが細川たかしだったような気がしている。

家族団らんの場で、おそらく母の好みに乗っかったのではないかと思うが、そのようなスタートだったのでそもそも音楽というものに対した興味がなかったものと思う。

 

初めて購入したCDはCHAGE and ASKAの「Tree」。

とりあえず流行っているものを買ってみようという意識が伺える。

その後も、ラジオから流れてくる曲をカセットテープに録音して聴いているくらいの、特に音楽方面については面白みのない人間として日々を過ごしていく。

 

それが多少なりとも自分から興味をもってのめり込んでいくことになったのが米米クラブであり、中学生にしてついにファンを名乗れるグループが出現したのである。

世はまさに君がいるだけでの大ヒットにより米米クラブの露出がマックス増加している時期であり、なんとなくその番組を追いはじめ、むちゃくちゃ面白いなこの人たち! というところからファン歴が始まった。

(語弊のないように書いておくが、いまだに米米クラブを聴くことはあるし、名曲が沢山あるということも知っている)

 

高校を卒業して状況したら絶対米米クラブのコンサートにいくんだ! という田舎の純朴な高校生の気持ちはしかし空中に霧散し、米米クラブは解散してしまう。

 

そんな私の、こと音楽についての転機となったのは大学時代にある。

今の私の音楽的趣味はここでほぼ100%育まれたといって間違いないと思う。

 

時は90年代の終り。

ミッシェルガンエレファントにブランキージェットシティがいて、ナンバーガールくるりスーパーカーやらがデビューし、孤高の場所にゆらゆら帝国DMBQなんかもいて、とにかく楽しかった記憶しかない。

 

これは書かずにはいられない。

なので書く、これから。